“Oxfords, not Brogues.”
英語をある程度理解できる人でも、いったい何のことだか分からないだろう。まあこれは、2015年に日本で公開された英米合作映画『キングスマン』で主人公であるキングスマンに助けを求める際の合言葉なので、この言葉だけでは全く意味不明なのは仕方ないとして、ここで使われている、Oxford(オックスフォード)とBrogue(ブローグ)という用語は革靴に関するものである。
もちろんオックスフォードはイギリスの地名であるのだが、イギリス英語では革靴でいう「内羽根式」の紐靴の総称として用いられる。
靴の着脱に伴い開口する、ヒモが通してある部分を「羽根」と呼び、「内羽根式」というのはそれが足先を覆うパーツの内側に収まって縫い付けられているもののことを指す。
対して、「外羽根式」(イギリス英語ではDerby)というのは羽根が外側から覆いかぶさっているもののことである。
そしてもう一つの革靴用語、Brogue(ブローグ)とは、革靴に装飾として施される穴飾り、または穴飾りのある靴そのもののこと。
さて最初に戻って、この合言葉“Oxfords, not Brogues.”であるが、映画の字幕では、「ブローグではなく、オックスフォード」となっていたが、正しくは「オックスフォード、それもブローグでないもの」つまり、穴飾りのない内羽根式の靴となるであろう。
主人公のキングスマンはロンドン中心部に住み、部屋の中でも外でもいつもスーツを着ていて、それ以外の洋服といえばパジャマとガウン。クローゼットには、様々なスーツや小物とともに3種類の黒い靴が3セットずつ収められている。穴飾りのない内羽根式の靴、穴飾りのある内羽根式の靴、そしてパジャマ+ガウンに履くベルベットスリッパ―である。つまり、Oxfordが2種類とスリッパ―。
前置きが長くなったが何を言いたいかというと、同じスーツにも2種類の黒の靴を履き分けているということだ。男性用の革靴にはデザインのバリエーションは女性のそれに比べて極めて少ないが、それでも数十種はある。スーツにネクタイを締めて履くべき靴に限ったとしても十種類を超えるのだ。
2021年現在、身だしなみとしてのスーツにおける靴の合わせ方はある程度自由で良い。ブローグシューズが好きな人はそれを履けば良いし、シンプルなデザインが好みであればプレーンな紐靴を履けばよろしい。がしかし、階級社会がはっきりとした形で存在するイギリスなどでは、やはり旧来のルールが根付いていると言わざるを得ない。“Oxfords, not Brogues.”は比較的フォーマルな靴であり、インフォーマルと位置付けられる日常のビジネスシーンではブローグシューズを履いていることが多いように見受けられる。実際キングスマンも、チェックのスーツにはブローグシューズ、無地あるいはストライプのダークスーツにはシンプルなストレートチップを履いているようだ。そしてそのコーディネートは全体を調和させるように出来ている。チェック柄に靴の穴飾りは非常にバランスよく調和し、ネイビー無地のスーツにはツルっとした無地に近い靴が合う。
英国の服飾デザイナーであるポールスミス氏は、男性のスーティング(スーツの着こなし)を絵画に例えている。スーツは額縁であり、その絵なりスーツが存在する場所、場面に合わせたものでなければならない。絵画の中身はネクタイ、シャツ、靴下などの小物であると例えている。靴も小物(絵画)に含まれるのであろうが、私が例えるなら、靴はその絵画のテーマである。着こなしの姿勢を表すものだ。
もし明日着ていくスーツコーディネートに迷ったら、是非、明日のシーンで履きたい靴を起点に組み立てることをお勧めする。絵のテーマが決まれば、あとは自ずと決まってくること請け合いである。
内羽根式(Oxford)- Oriental オリエンタル JANIS 6万500円(税込み)
最もフォーマルなスタイルとして全世界的に認知されている内羽根式のプレーントウ。ここぞというかしこまった場であればこれに勝る靴はない。
外羽根式(Derby)- Oriental オリエンタル BOND 5万2800円(税込み)
007の初代ジェームスボンドが愛用してたスタイルである、外羽根式のプレーントウ。靴紐の穴が3つであることからエレガントで着脱が容易なのが特長。
ブローグシューズ(Brogue)- Oriental オリエンタル REDMAYNE 5万2800円(税込み)
フルブローグと呼ばれる、ブローグシューズの中では最も穴飾りの多いスタイルで、スーツに合わせると足元の重みが出て、安定して力強い印象を相手に与えられる。
*このエッセイは2021年1月より12月に渡って、クインテッセンス出版の新聞クイントに連載されたものに加筆して掲載しております。