そもそも「モテる」という概念をよくよく考えてみると、結局は、恋愛・結婚市場での需要が高いということであろう。先日、結婚相談所に関する記事を読んでいたら、『まず自分の求める相手像を明確にしましょう』と書いてあり、MUST条件とWANT条件に分けて書き出すことを推奨していた。女性→男性で言えば、年収、身長、趣味嗜好、今までの生活環境などをそれらに書き出し、それを用いてお互いのマッチングを行うのだろうが、結果、間違いなく需要の高い男性に大勢の人々が集中することになる。そう、その人はモテるのだ。
一方で、男性からの条件はどうか。ここでマッチングが決まる。つまり、相手にあまりにも多くを求める男性は結果的にマッチングには至らず、モテてはいるが満足は出来ていないということになるのである。逆に高望みをしない人は多くのマッチングを得られるので、満足を得て幸せになるのかもしれない。
需要と供給のバランスと言ってしまえばそれまでだが、このバランスが実に難しい。それはなにもモテるかどうかの問題だけではなく、すべての人間関係、ビジネスでも同様である。
2021年2月14日まで東京都現代美術館で開催されていた、『石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか』展を観た方もいらっしゃるだろうが、私もその一人であり、それを観た後もずっと興奮冷めやらぬ日々を過ごしている。
石岡瑛子さんと言えば、1960~70年代に資生堂やPARCOなどの広告で斬新なビジュアルを作り、1980年代以降はその活躍の舞台を世界に移し、マイルス・デイビスのレコードジャケットのアートワークでグラミー賞、映画「ドラキュラ」の衣装デザインでアカデミー賞を受賞したりした奇才として知られるが、その才能とともに驚愕するのは、今でも語り継がれるほど商業的に成功したということだ。残っている氏自身の言葉を聞くと、クライアントに迎合することは決して無かったということだ。普通なら発注主の意向に沿った仕事がなされるはずの商業デザインが、デザイナー自身の「個人の核」とでもいうべき、表現の源をある程度自由に描いたものとして成り立っていた誠に幸せな例である。
一方、焼酎「いいちこ」の広告を30年以上、やはり自由に作り続けている河北秀也さんはこう言っている。「やりたいようにやるのは大変力のいることだし、責任のあることなのである。」
上記2名のアーティストに限って言えば、両者とも、「何でもやります、お好きなように、合わせますので」という姿勢でマッチングを得たとは到底思えない。自身の強烈なモチベーションと熱量が相手を巻き込み、熱狂的な相乗効果が仕事の成功を生んだように見える。やはり、相手に合わせて柔軟に対応するだけではモテないのだ。
「モテる」人とは求められる人に対して応えられる人に他ならない。そしてその表現が受け入れられ、相手に幸せという成功を与えられる人間である。そしてそれは、ビジネスにおける売り手と買い手という関係においても全く同じなのだ。
それでは、モテる靴とはどんな靴であろうか?それは、相手に幸せを与える靴である。
抽象的だがこれは恐らく真実であり、具体的に考察してみると、自分がこだわって選んで愛用しているということから生まれる揺るがない自信に裏付けされた余裕、相手を引き立たせるための控えめな色とデザインを選ぶ気遣い、一緒に歩いていて恥ずかしくない、むしろ安心感を与える優しさといったことが要素となっているように思われる。
そして、間違いなくモテない靴が、きたない靴である。
手入れをまったくしない方がこの「きたない靴」を履いているのだが、たいていは安価な靴を頻繁に買い替える方であるように見受けられる。安価な靴は使っている革も安価であり、安価な革はそのあまり美しくない表面を隠すために分厚いコーティングを施してある。そして、履くうちにすぐにそのコーティングの劣化が始まり、どんどんみすぼらしくなっていく。愛着も無いので手入れもしないので加速度的に「きたない靴」が出来上がっていくのだ。
多くの方がきれいな靴を履くためにこだわった靴選びをしていて、ある経営者の方などは濃紺色のスエードシューズでプレーンな同じデザインのものを30足余り所有して、いつもきれいな状態の靴を履いてらっしゃるが、これは稀な例であろう。ほとんどの方は、長年履き込んでも美しい靴を選ぶ。ナチュラルな革(表面をコーティングしていない上質な革)で仕立てた靴は、手入れをしながら何度も履くうちに決してみすぼらしくなったりはしないのだ。逆に、履くほどに新品にはなかった美しさが宿ることを知っている靴好きは革靴を「育てる」と言ったりするが、そのお話しはまた後日に。
MIYAGI KOGYO ミヤギコウギョウ BENIBANAⅡ 60,500円(税込み)
フランスのタンナー(革製造業者)、アノネイ社のボックスカーフという最高の革を使用したシンプルなストレートチップ。手入れをする度に美しい表情に育つ。デザインも1930年代のエレガントなアメリカの靴をモチーフにつくられる山形県の実力メーカー渾身の傑作だけに飽きが来ない。
*このエッセイは2021年1月より12月に渡って、クインテッセンス出版の新聞クイントに連載されたものに加筆して掲載しております。