靴にまつわるエッセイ - 日髙竜介(5/12)

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 『いい靴を履きなさい、それはあなたを素敵な場所に連れて行ってくれるから』

 ヨーロッパで古くから用いられてきた有名な言葉であるが、これに類する格言がたくさん存在していることを考えると、ある程度は真実なのであろうと思わざるを得ない。”Give a girl the right shoes, and she can conquer the world.”『 その女の子にぴったりの靴を与えれば、世界すら征服できるわ。』とは、かのマリリンモンローの言葉であるが、結局、人格が靴を選ぶのか、靴が人格を作るのか、まあ鶏と卵の話、後先の問題なのであろう。とにかく、靴と人格が大変密接に結びついているのは間違いない。

 

 靴というのはその人がその場に臨む際の姿勢をあらわす。姿勢というのはもちろん、立場とか地位といった要素とも深い関係がある。そしてその場に対する調和、ひいては敬意を表明するものである。例えば、公園でピクニックをするときにはスニーカーでも良いかもしれないが、美しい調度品とおもてなしをもって迎え入れられるレストランで食事をする場合にも同じ靴で出向くのでは品位を欠くというものだ。ドクターの先生方が学会に行くときにスーツやネクタイ、フォーマルな革靴で臨むのは、発表される方、同席する方々への敬意の表明に他ならない。

 敬意の表明なので、その時履く靴の形や色は正直あまり関係ない。その靴をどういう気持ちで選び、誰の顔を思い浮かべて選んだかが大切なのである。もし靴が汚れていればきれいにしてからその場に臨む、かかとがすり減っていたら修理に出してから履く。それこそが敬意ではなかろうか。私の仕事では、自他を問わない結婚式や葬儀に際して靴を新調する方々に頻繁に遭遇するが、その方たちはそれだけで敬意にあふれていると感じ、毎回、尊敬の念を抱く。

 

 その昔、革靴は今よりもっと高価で大切に履かれていて、質草として機能していたそうである。スーツや時計を質屋として担保にしたのはわかるが、他人が履いた靴を?とお思いであろう。そんなものが売れるのか?しかしながら、靴は買い戻しに来る確率がより高かったのである。自分の足に合った、履き慣らした革靴は何物にも替えがたい、その人にとってはまさに宝物なのだ。

 昨今人気のスニーカーはクッションが効いて足へのストレスがなく、瞬間的にはとても快適で履きやすいと感じるが、長時間歩いたり、夏の暑い日を一日中履いて過ごしたりしたら実はあまり快適ではないことに気付く。そういった状況下では、履き慣らした革靴ほど快適に過ごせる靴はないのだ。

 

人間が生きる上での基本姿勢は「歩く」、「座る」、「寝る」の三つだといわれる。だからこそ、幸せになるためには最良の靴と椅子とベッドを見つけなさい、などという格言が生まれたのであろう。人生という長い目で見れば、一時的な高揚、喜びなどより、一生続く根源的な事柄に不便を感じないことのほうがよっぽど幸せなのかもしれない。そして、小さいかもしれないが確かな幸せを積み上げられる人間は、余裕を持って行動することができ、結果的に他人を幸せにすることができるはずだ。プライベートにおいても仕事においても。そう、仕事の成功は、つくった笑顔の数に比例するのだ。プロ野球選手のイチローやアマゾンの創業者が億万長者になったのは、莫大な数の笑顔を生み出したからに他ならない。そして、プライベートで相手を笑顔にする回数が多い人ほどモテるのは、どの世界においても間違いのない事実だろう。

 

PERFETTO ペルフェット CAMPIDOGLIO 56,100円(税込み)

色はダークグリーン、穴飾りが華やかな1足だが、きちんと手入れをして履けば、フォーマルな場においても礼を逸することなく、場の調和を乱すこともない。ただ無難に黒のシンプルな靴を合わせるのではなく、自信を持って個性を主張をすることも大切な場合があるものだ。

 

*このエッセイは2021年1月より12月に渡って、クインテッセンス出版の新聞クイントに連載されたものに加筆して掲載しております。

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