靴にまつわるエッセイ - 日髙竜介(7/12)

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9分仕立ての靴について語ります

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 ローファーという靴の名称があるが、英語でLOAFERは怠け者という意味、そう、靴紐を結ぶことを怠ける者の為の靴というわけだ。

そもそも靴というのは、足を入れる時に大きく開口し、足を収めた後に足をフィットさせるというのが自然なものである。古来より、ブーツであろうが短靴であろうが、その「広げて、閉じる」ために開口部を設け、紐やベルト、ボタン、ジッパーなどを用いて留めてきたのだ。

 歩くという行為だけにフォーカスすれば、靴は足と密着する面積が多ければ多いほど機能性が向上する。そのために、足入れを容易にするための広い開口部を設ける工夫がしてある靴が多いのだ。対してローファーはどうかというと、足入れを可能にするために足と密着する面積を小さくしてある。つまり履き口が大きく開いた形状が特徴だ。そして、甲とかかとだけで足を密着させる靴なので、フィッティングがとても難しい。履く人の足形と靴の型が合ってないと、甲か足指の付け根がとても痛いか、かかとがスポスポ抜けるかのどちらかになってしまうのである。

 にもかかわらず、この100年という長きにわたって、ローファーは、世界中の男性に対してその人気を博し続けてきた。ひとつには、自動車などの乗り物の普及が原因していると考えられる。靴を履いて長い距離を歩く必要がなくなり、ごく短い距離の歩行さえ補助できればよくなったのである。歩行の補助という機能よりも、着脱の容易さ、そして、結果的にではあるが、その軽快なルックスがカジュアルな服装にマッチするという見た目のほうが優先されてきた。

 

 欧米でのローファーは1930年代には短パンなど、リゾートウェアのようなごくカジュアルな服装に合わせて履かれることで流行し、1950年代には、米アイビーリーグの学生に代表される裕福な若者たちによってタウンでの日常生活に持ち込まれた。当時、自分たちの父親が着ていたフォーマルなスーツやヒモ靴をダサい、古いと感じていた若者たちは、同じスーツでもツイード(カントリーウェアに用いられる厚手の紡毛素材)で仕立てたり、ブレザーとパンツにボタンダウンシャツとニットタイを合わせたりして、服装のカジュアル化を推し進めたのだ。今考えれば、ボタンダウンシャツにニットタイを締めているだけで十分かしこまった雰囲気に見えるが、1950年代の裕福な家庭で育つ青年にとっては、それが社会に対して反抗しうるカジュアルのギリギリだったのであろう。いつの時代も同じく、若返りとともに服装のカジュアル化が進んできたのは変わらない。だいたい、現在、老若男女問わず日常的に履いているスニーカーは、その時代にはアスレチック用に限定された靴だったのだ。

 また、着脱の容易さというのは、実はかなり魅力的な機能である。特に、日本のような履物文化のある国では、いたるところで靴を脱ぐことを要求される。今でこそ、生活様式が欧米化され、外出先で靴を脱ぐことは減ったとはいえ、まだまだそういったシーンは存在しているし、第一に、毎朝、出掛けの忙しいなか、玄関で靴を履くという行為は誰にだって存在するのだ。そして、仕事を伴うシーンとして想定される、小上がりのある料亭や旅館などでのスムーズな着脱は、他者への気遣いをする余裕を生む。それがプライベートシーンであっても、女性を待たせていい大人の男が座って靴ヒモを結んでいるさまはあまり賞賛できた光景ではない。

 

 数十年前、アメリカの著名な服飾評論家が、ローファーをスーツに履く男は、「靴ヒモを結ぶことが億劫 = 仕事を面倒くさがって雑でクオリティの低い成果しか上げない」と見られる、と書いたことで、実は今でも、日本のビジネスの世界ではまことしやかに語られることなのであるが、モノは見様である。接待を伴うビジネスシーンでは、実はヒモなしの靴が断然、成果を上げることだってあるのだ。アメリカと日本では生活習慣が違うのだから、靴に関しても独自の文化が生まれるのは必然であり、それを無視して、ただ本場のルールを鵜呑みにするのは子供のやることである。(それはそれでとても楽しいし、ルールを守ったうえで自己表現する喜びがファッションの本質である。)

 我々大人にとって、ものごとの本質をとらえ、目的に沿った服飾文化を形成していくことが次世代への責務ではないかと考える。現在、一部の20代の若者たちは、目を輝かせて革靴を眺める。スニーカーでの生活が一般化し、仕事でも革靴を履く必要性のない若者たちにとって、革靴は嗜好品である。カッコ良い、美しい、といって熱心に調べて、購入した靴を一生懸命磨いているのだ。カジュアルな服装に合わせる革靴として真っ先に思い浮かぶのがローファーだったとしても全く不思議ではないが、それはかつて1950年代のアメリカの若者たちが親世代と違った格好を志向したのとは違った感覚なのである。彼らは年配の服装に嫌悪感を抱くどころか、憧れてさえいる。それを目の当たりにするにつけ、何だか背筋の伸びる思いがするのである。

 

 ぜひローファーを履いてみよう。休日のカジュアルな服装にでも良いし、少しかしこまったレストランに行くときのスマートカジュアルにでも良い。あまり硬い靴は窮屈で、本来リラックスした時の気分にそぐわないという向きには内張りの革を排した、良質なイタリア製1枚革のローファーをお勧めしたい。足あたりが柔らかで、履きならしもそれほど必要としない。何より、イタリアの前向きで陽気な息吹が吹き込まれているような美しい革の表情が、我々の生活を彩ってくれること間違いなしである。

Oriental オリエンタル - ALBERS アルバース 57,200

軽くやわらかなつくりにより履いた最初から、長年履きなじんだ靴のような感覚。軽やかな見た目とは裏腹に、最高の革底素材を使っているので耐久性も抜群である。もちろんソールの張替えも可能だ。

 

*このエッセイは2021年1月より12月に渡って、クインテッセンス出版の新聞クイントに連載されたものに加筆して掲載しております。

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