靴にまつわるエッセイ - 日髙竜介(12/12)

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 「初恋は成就しない」とはよく言ったもので、恋愛に限らず、人生の様々な場面や事柄でこのようなことがあるものだ。例えば、紺色と白のボーダー柄のTシャツを見て、良いなあと思い店を訪れたところ、他の色に惹かれてその場ではそれを買い、その後も何度かそのブランドのTシャツ購入をリピートしたものの、最初に見たその色は結局持ってないとか、ラザニアが好きで、イタリアに行ったら絶対に本場のラザニアを食べる!と決めて、渡航前にイタリア料理について調べていくうちにその他にも魅力的な料理がたくさんあって、現地では結局食べないまま帰国してしまったとか。

 本来、「初恋」のようなプリミティブで衝動的な感情というのは、その人の遺伝子や本能に近い部分に基づいたものであるように思われる。それゆえ、非常に信用できる判断だと感じる一方、リサーチ不足による浅はかな選択であるとも言え、世界を知らずして狭い範囲の中からしか選ばなかったとも言える。

ただひとつ言えるのは、結局初恋を成就できなかったケースでは、いずれも自分の選択に満足しているということだ。満足してなければ、ずっと初恋に固執して追い求めている、または成就させているはずだからである。

 

 靴屋をやっていると、その手の話をよく聞く。インターネットや雑誌で見て一目惚れした靴を買いに靴屋に行くと売り切れていて別の靴を買い、どんどん靴についての興味がわき調べるうちに色々な靴を買うが、結局その初恋の靴はいまでも履かずじまい、などと聞く。そしてまたそれを実に嬉しそうな顔をして話してくれるのだ。

 人生においてはすべてがそうであるが、選択の正誤は、その人の心持ち、そしてその後の生き方に依る。結果的に選択ミスであったと考える向きは、その他の事柄に関しても往々にして「失敗したなあ。」と言っているものだ。後悔する人は後悔し続けるし、後悔しない人はいつまで経っても後悔しない。

 後悔しない人は、必ずしも自分の選択に絶対の自信をもっているわけでもないし、結果を分析して「やはり私は正しかった。」と独り言ちているわけでもない。ただ単に、その後の人生を幸せだと思っているだけだ。幸せと感じているなら後悔はしないし、不幸せだと感じているなら後悔をするのであろう。そして最近つくづく思うのだが、何が正しく、何が間違っているかなんて、本人が思っているほど大きな差はないように思うのだ。

 

この世には、「バイヤー」という職業が存在する。私が身を置く業界でいえば、商品を買い付ける仕事だ。テレビや雑誌では、「敏腕バイヤー」などという枕詞とともにさまざまなバイヤーが紹介されたりするが、実は、ヒット商品を生み出す確率というのは、誰でも同じだという統計がある。もちろん仕事なので、買い付けた商品の売れ行きを分析し、次の買い付けに活かすということを繰り返してはいるが、そうすることで、ヒット商品を買い付ける確率はそう簡単には上がらないものだ。

では、何故、同業者との競争において、結果に差が生まれるのか。それは、その商品をいかに発信して消費者に届けたか、販売の現場でどんなセールスを行ったかの差なのだと思う。もっと根源的に言えば、バイヤーの意図と想いをいかに発信者と販売者に伝えられたかの差なのだ。バイヤーの選択自体は、ともすると独りよがりの自己満足である場合も多く、最も大切なのは、その商品に消費者がどれくらい共感してくれるかということである。

 

 1996年、私がこの仕事に従事するきっかけとなったある雑誌に、ロンドンのジャーミンストリート特集という記事が掲載されていた。そこには、当時ジャーミンストリートの老舗を一軒一軒訪れた記者がいかに感動したかが、写真とともに綴られていた。ある靴店に並んでいた、Uチップと呼ばれるスタイルの靴に惹かれ、高価だったために帰国寸前まで悩んだ末に購入したとの内容だったが、まるで私もそこを訪れ、購入するかどうかを悩み、歓喜の瞬間を体験したような素晴らしい記事だったと記憶している。

 当然、私はその靴の実物を確認すべく、その靴を日本で販売する靴店を調べてそこに赴き、実際に手にした時の感動を今でも覚えてはいるが、実はその靴を履くことはあまりなく、何度目かの引っ越しの際についには捨ててしまった。当時は、クラシカルなスタイルのスーツなど、かなりかっちりとした服装にネクタイをして仕事をしていたので、あまり登場回数がなかったのだ。ただ、2009年から、このスタイルの靴を店で扱い始めた。それも、3メーカーに製作を依頼し、今では世界一たくさん、このスタイルの靴を扱う店になってしまったかもしれない。ネクタイをしないビジネススタイルが一般化したいま、手縫いを多用した高価な靴ではあるが、とても人気がある。特別愛用したスタイルの靴ではなかったが、私の想いはたくさん詰まっている、初恋の靴だ。

 Oriental オリエンタル NICKY  73,700円(税込み)

ラバーソールを装備したUチップで、しなやかなイタリアングレインレザーをアッパーに採用したモデル。U字型の切り替えは全て手縫いで縫い合わされる、既製品としては世界的に見ても希少な靴であり、靴好きなら一度は履いてみたい靴である。

 

 

*このエッセイは2021年1月より12月に渡って、クインテッセンス出版の新聞クイントに連載されたものに加筆して掲載しております。

 

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