ハンドソーンウェルト製法の靴をお召になったことはありますか?
完全に一点ものであり、その人のためだけに型起こしから含めて、全てゼロから手作業で作られるビスポークシューズも「ハンドソーンウェルト」の靴です。(そうあることが大多数です)
この「ハンドソーンウェルト製法の靴」という言葉は、注文靴専門店でない場合、つまり私たちのような既製靴を主に販売している小売店の場合は「9分仕立ての靴」を狭義的に指すことが多いです。ビスポークシューズと既製靴とでは流通量も大きな差がありますので、雑誌などでも「ハンドソーンウェルトの靴」といえば、この「9分仕立ての靴」の靴を指すケースが圧倒的に多いでしょう。
今回はこの「9分仕立ての靴」を中心について語りたいと思います。
9分仕立てというのは、最後の出し縫いを除いて、多くの工程を手作業で行います(吊り込みなどの工程においてマシンを使うこともあります)。
10ある工程のうちの9を手作業で行う、という意味が込められています。
このように文字に起こすだけで手間がかかりそうなのがお分かりになると思いますが、やはり9分仕立ての靴は相場として非常に高額になることが一般的です。
ここ最近、当ブログでもネタとなっているハンドソーンウェルトの靴とはどういうものなのでしょうか。
9分仕立ての靴
ハンドソーンウェルト製法の靴は、グッドイヤーウェルト製法の元祖となった製法です。
グッドイヤーウェルトの靴と決定的に違う点があります。
それはハンドソーンウェルトの靴は「リブテープ」を使用していない、という点です。
ウェルトの横に白い布テープのようなものがついこれがリブテープです。通称「リブ」と呼ばれます。
このリブこそが、グッドイヤーウェルトの靴の履き心地が硬く、返りが悪く、馴染みにくくなる最大の要因です。
グッドイヤーウェルトの靴はこのリブテープを中底裏面に接着することで、後述するハンドソーンウェルトの靴のどぶ起こしの手間をなくし効率化し、大量生産を可能にしています。
そして、このリブテープの溝はハンドソーンウェルトのどぶ起こしで作られた「どぶ(リブに相当するパーツ)」に比べて、溝が深いので、この溝に練りコルクなどのクッション材となるものをいっぱいに敷き詰めることができます。
このコルクを敷き詰められるという点が「グッドイヤーウェルトの靴はクッション性が高い」といわれる理由です。事実そうであると思います。
ワールドフットウェアギャラリーのスタッフも販売業の人間ですから、基本一日立ちっぱなしの仕事です。
マッケイ製法の靴は立ち仕事や歩くことの多い職業の人間からすると、グッドイヤーウェルトの靴に比してクッション性が足りず、足が痛くなることもしばしばです。一方グッドイヤーウェルトの靴はというと、もちろん足は疲れますが、衝撃が足の裏でとどまるような印象です。
やはり100年以上世界中で使用され続けるだけの製法であるということです。
さて、もう一方の9分仕立ての靴をみてみましょう。
これが9分仕立ての靴を分解したものです。
9分仕立ての靴は最後に底付けをするために必要となるパーツ「ウェルト」 を縫い付けるための縫い代を、リブテープではなく、分厚い中底を手でつまみ、革を起こしてつくります。この作業を「どぶ起こし」といいます。そしてどぶ起こしをして作られた「どぶ」がグッドイヤーウェルトの靴の「リブ」に相当するものになります。
この「どぶ」と「リブ」の差は相当なもので、本底を装着する前ですら、その屈曲性には大きな差があります。足に吸い付くように馴染む履き心地は、それは素晴らしいものです。
中底に使用する革は生半可なものでは作れません。たとえリブに比べて溝が浅くとも、どぶを起こすには分厚い革でなければならないので、素材の選定も大変なのです。
9分仕立ての靴は、コルクのようなクッション材はほとんどいれることができません。
ですが、基本的にはそのクッションは分厚い中底によって担保されるため、クッション性の乏しさを露骨に感じることは少ないと思います。(稀に質の悪いハンドソーンウェルトの靴では感じることがあるそうですが…)
このように、ハンドソーンウェルト製法で仕立てられた靴は、反り返りが大変柔らかく、足馴染みが良いという特徴があります。
なおかつコルクなどの中物を入れない分靴が軽いため、無駄な重さを感じることがありません。
私が長年お付き合いしている、とある靴職人はこう言います。
「9分仕立ての靴は、本底を取り付ける最終工程の「出し縫い」だけマシンを使う。どぶ起こしをして、きちんと手作業でウェルトを縫い付けたものであれば、最後に出し縫いをマシンでやろうが、手作業でやろうが履き心地に差がでることはないと思う。むしろマシンの方が出し縫いは綺麗に仕上がるし、時間も圧倒的に短縮できるから、よほど細かいことにこだわりがない限り、大金と年単位の時間をかけてビスポークシューズの靴を作らなくとも、9分仕立ての靴で十分革靴の真価は体感できると思うんだよね。」
もちろんマシン吊り込みではなく、手吊り込みであれば、なお良いのでしょうが、今回のブログでいうところのハンドソーンウェルトの靴=ビスポークシューズでなくとも、9分仕立ての靴で十分革靴の最上級の履き心地を享受できるチャンスはあるということです。
以前にも紹介したスタッフがオーダーしたOrientalの9分仕立ての靴も然り。
やはり既製靴で展開している通常のモデルと比べても、その履き心地は全く異なるもので、そのしなやかな屈曲性と安心のクッション性の両方を持ち合わせた履き心地は特筆すべきものです。上質な体験をすることが出来たと思います。
なお、例外の靴として、以前ブログでも取り上げた古いチャーチの靴があります。
グッドイヤーウェルトともハンドソーンウェルトともつかない靴ですが、革でリブを作っているという点では、ハンドソーンウェルトによる履き心地が最も素晴らしいものであるという観点から作られたのは容易に想像ができます。
いずれにせよこちらも今の時代と比べて、素材もこだわり、圧倒的に手間暇をかけて靴を作っていたことを想像させる出来映えです。
皆さまにはぜひ一度、9分仕立ての靴の履き心地を体感していただきたく思います。
ワールドフットウェアギャラリーが常時展開しているハンドソーンウェルトの靴は、FUGASHINのGLISEシリーズです。
やはりFUGASHINの中でも9分仕立ての靴は最上級モデルに位置付けられます。
革までとろけるように柔らかいので、靴擦れ知らずですよ!
9分仕立てのラインナップはこちらから→9分仕立ての靴を見る