エヌピーエス/英国靴のエントリーにも!超お値打ちのメイド・イン・ノーサンプトン
無骨なフォルム、織り込みタイプのタングとひと続きになったキルト、プリミティブなタッセルと、いずれもが英国カントリーシューズの伝統的なエッセンス。アッパーはドイツの名タンナー、ワインハイマー社がしなやかに仕上げたグレインカーフ製で、大胆にコバが張り出したソールにはプランテーションクレープを採用。もちろんメイド・イン・ノーサンプトンのグッドイヤーウェルト製法である。写真上のカラーはイングリッシュチェリー。4万7300円(税込み)。
ブランドとしては新参ですが、実はメーカーとしての歴史は長いのです!
靴の聖地にして英国靴の一大生産地であるノーサンプトン、およびノーサンプトンシャー州にはそうそうたる名門シューメーカーが存在していますが、同州ウォラストンにあるNPSシューズ社(NPS Shoes Ltd.)も、そうしたファクトリーメーカーのひとつです。
工業化が定着する19世紀半ば以前の英国では、職人が自宅で靴を作り、ときたま手押し車で訪れる業者がそれらを買い取るという流通構造だったため、職人たちの生活は不安定なものでした。そこでこの状況を打開すべく、ウォラストンの5人の職人らが結成したのがノーサンプトン プロダクティブ ソサエティ(ノーサンプトンシャー製造組合)、すなわちNPSでした。もともと鳩小屋だった建物を工房にした同組合は、ミリタリーブーツの生産からスタート。やがて成長を遂げ、1899年に同地のサウスストリートにある現在の工場に移転しました。
しかし、’90年代後半から今世紀初頭にかけてNPSシューズ社は経営危機に見舞われ、工場破却と敷地売却を検討せざるを得ない状況におちいります。そこでウォラストン在住で、45年以上にわたって靴のビジネスにかかわってきたアイヴォー・ティリー氏が救済に乗り出し、2006年に同社を買収。これにより工場は存続することになったのです。
現在、同社はジョージ・コックスやジャック・ウィルス、ハドソンなど国内外のOEMを生産しながら、2つのハウスブランド、すなわち2006年に立ち上げたドレス&カジュアルシューズのNPS、およびワークシューズのソロヴェア(SOLOVAIR)を展開し、世界各国にそれらオリジナル製品を輸出しています。
35年間、ドクターマーチンを作り続けた実績をもとにNPSとソロヴェアを展開
話が逸れるのですが、ここでNPSと並ぶ同社のブランド、ソロヴェアについて少し触れたいと思います。というのも、NPSシューズ社には、かのドクターマーチン(Dr. Martens)の製造元だったという事実があり、ソロヴェアの誕生は、そのことと深く関わっているからです。
ドイツ人のクラウス・マルテンス医師は史上初のエアクッションソールを発明し、第二次大戦終了後、そのソールを採用するオリジナルシューズの販売を始めました。そして、この画期的な底材に着目し、同医師と技術提携を結んで生産特許を得たノーサンプトンのワークブーツメーカー、R.グリッグス・グループ(1901年創業)は、高い技術力をもつNPSシューズ社に生産を委託したのです。
NPSシューズ社がエアクッションソール「ソロヴェア(SOLOVAIR=Sole-of-Airに由来する造語)」の生産体制を築き上げたことで1960年、ドクターマーチンは誕生します。そして、そのソールは「まるで空気を踏んでいるかのよう」と評され、「Dr. Martens by SOLOVAIR」は英国のブルーワーカーたちから大いに支持されました。また、‘60年代にロックバンド、ザ・フーのギタリストであるピート・タウンゼント氏がステージで履き、’70年代半ばからは英国パンクのミュージシャンらが愛用したことで世界的なブランドへと成長。代表モデル「8ホールブーツ」にいたっては、カウンターカルチャーのアイコンにもなりました。
「Dr. Martens by SOLOVAIR」の生産は35年間続き、契約が終了したNPSシューズ社は’95年に「SOLOVAIR」を商標登録し、ドクターマーチンの生産で使用してきた製靴機械を駆使し、独自のエアクッションソールを取り入れたブーツ&シューズのコレクション、ソロヴェアをスタートさせたのでした。
こうしたNPSシューズ社の歩みを知れば、新進ブランドのNPSにも歴史の重みを感じることができるのではないでしょうか? あるいはドクターマーチンを愛用した経験のある人なら、親しみを持つこともできるはずです。ちなみに、同社はノーサンプトンで最もリーズナブルな靴を作るメーカーとのこと。とはいえ、NPSブランドの製品は英国靴の伝統的意匠をベースとし、グッドイヤー製法で頑強に作られた、まごうことなくメイド・イン・ノーサンプトンです。したがって英国靴通にとってはデイリーで気おくれなく履く実用靴になり、ぜひ英国靴を履いてみたいという人にはエントリーシューズとしてオススメできるのです。
「ワールド フットウェア ギャラリーはNPSを世界で最初に取り扱った店なんですよ」 by WFG スタッフ
「NPSシューズ社のマネージングディレクター、クリスチャン・キャッスルさんは以前からしばしば来日されていて、うちの店にもよくいらっしゃってました。で、あるとき、相談を持ちかけられたんです、『NPSのブランド名で、自分たちのドレスブランドを立ち上げたい』って。それで、一緒にやっていきましょうということになりました。その後、NPSブランドが立ち上がる以前の、まだブランドロゴもできていなかったときから同社にオーダーをかけたりして、それもあって、うちが世界で最初にNPSを取り扱う店になったんです」
以上、執筆:雑誌ライター 山田純貴