前回、「縁の下の力持ち」という記事を投稿しました。
今回は「縁の下の力持ち2」ということで、ソール関係の話を少々したいと思います。
ちょっとしたウンチクです。
こちらの靴は前回とは違うChurch'sです。
ただし、2都市モデル、ソールの焼き印がFamous English Shoes時代のものであること、かつ出し縫いを伏せたクローズドチャネル仕様であること、トップリフトが釘打ちのものであること、モデル名を記載している筆記体の雰囲気から見て、製造年代は前回とほぼ同じの60年代後半から70年代前半とみられるものです。
こちらの靴は「縁の下の力持ち」に出ていたDiplomatよりもさらにしなりの利く靴であったので、「どうもグッドイヤーウェルト製法の靴ではないのでは?」と思っていました。そのしなり方はグッドイヤーウェルト製法ではなく、ハンドソーンウェルト製法のそれと同等、それ以上なのです。
そうは思うものの、中底の沈み込み方はグッドイヤーウェルト製法と同じように深く沈んでいます。
全く謎の深い靴でした。
ほぼデッドストック状態で手に入れて以来、オリジナルのレザーソールで履いてきたのですが、4年半履き倒した末に、つい先日、とうとうソールに穴が開いたので、オールソールを修理屋さんに依頼してきました。
かねてより謎だらけの靴であったため、修理屋さんにお願いし、その場で解体してもらいました。
すると驚くことが判明しました。
こちらの写真でピンと来たうえで、さらに謎が深まったという方は、靴に相当お詳しい方であると思います。
そうです。Church'sでグッドイヤーウェルト製法の靴であるはずなのに、なんとリブパーツがありません。革の「ドブ」になっています!
リブを使わずに、革で「ドブ」を起こしているということは、ハンドソーンウェルト製法=9分仕立ての靴ということになる、はずなのですが…
通常ハンドソーンウェルト製法の靴というと、ドブを職人が手でつまんで作っていきます。しかし、その高さは極めて低いものになります。
そのため、通常コルクなどのクッション材はほとんど入れることができません。メーカーによってはコルクなどをまったく入れない9分仕立ての方もいらっしゃいます。
ですから、通常ハンドソーンウェルト製法の靴は、グッドイヤーウェルト製法と比べ、中物の厚みは薄いのです。
そんなハンドソーンウェルト製法の事情を全く否定するかのように、このChurch'sの「ドブ」はまるでリブテープと同じような高さがあります。その分たっぷり中物のコルクが敷き詰まっていました。
だからこそ沈み込みはグッドイヤーウェルト製法のように深く沈みこんだのです。
そして、さらに驚くべき発見はこの革のドブとウェルトをホッチキスで多く仮止めしているということです。※肉眼でないと全くわからないです
これらの状況から修理職人と筆者はひとつの推察をしました。
①恐らく大昔のChurch'sの生産現場には、中底を掘り起こして、リブと同じ高さの革のドブ起こしが可能となるマシーンを用意していた。もしくは手作業でドブ起こしを行う専任の職人がいたのではないか?ということ。
②ホッチキスで革のドブとウェルトを仮止めしているということは、手作業でウェルトをすくい縫いをしたのではなく、ウェルトのすくい縫い自体は、現代と変わらずに機械で一気に縫い付けたのであろうということ。
つまりここは量産体制的考えなのでしょう。
③なぜこんな製法になっているのか?
アッパーは柔らかい鹿の起毛革であるため、この柔らかさ・軽さを活かすのと同時に、ハンドソーンウェルト製法にはないグッドイヤーウェルトならではのクッション性を保つようにしたかったのではないか?素材の良さ・グッドイヤーウェルトの良さを最大限魅力を発揮させるように手間をかけてわざわざこのような製法を取り入れたのであろうこと。
リブテープを接着剤でくっつける作業よりもはるかに手間がかかります。また、中底を削り出すので、絶対に失敗の許されない工程であることは明確です。
数多く靴を作るという目的を達成するためには明らかに非効率です。
その非効率性ゆえか、現代ではその技術はおそらく失われているものだと思われます。
そもそもリブと同じ程度のドブを起こせる中底用の革素材というと、元々の厚みは現代では考えられないほど厚みのある素晴らしい中底だったのでしょう。
あるビスポーク職人はこの靴の話を聞いて「このChurch'sのような中底用の素材は、いまではビスポーク用ですら手に入りません。良質な原皮の獲得の難しさは、アッパーだけでなく、中底用も同じくらい難しいのです」とおっしゃっていました。
確かに原皮の獲得、労力のかけ方は現代では、再現不能なのかもしれません。
魂を込めてモノを作る。人々がそれを手にするだけで、心が躍るような、誰が見ても納得のできる素晴らしいモノを作る。
非効率という影に隠れてしまう、「味」を見つけ、その良さを引き立てる。
このスピリットを忘れない製品をワールドフットウェアギャラリーでは可能な限り、お取り扱いしていく所存です。