パラブーツ/確かな審美眼でラバーソールの優位性を看破し、時代を先取した大いなる存在
パラブーツ「ミカエル」
チロリアンシューズをベースに、建築や測量などの技術者向けとして1937年に開発された「モジーン(Morzine)」を原型に、一般向けにモディファイを施し、1945年に発表されたのが、これ。パラブーツの象徴的存在であり、世にチロリアンシューズの存在を知らしめた歴史的名靴だ。シューレースを緩めると履き口が大きく開口するため、厚手のソックスを履いた状態でも脱ぎ履きが容易となる。アッパーはパラブーツの定番オイルドレザー「リス・レザー」で、ソールは内部のハニカム構造などにより、衝撃吸収性に優れる「マルシェⅡソール」。製法はノルヴェイジャンだ。
ワールド フットウェア ギャラリーのスタッフらが1994年に初訪問した際に撮影したこの写真は、フランス東部イゼー県の街イゾーにあったリシャールポンヴェール社の本社兼工場の外観。同社は2017年、同県に位置するサン・ジャン・ド・モイランの地に移転しており、本社に併設する工場はより大規模なものになっている。
ブランド名「パラブーツ」の由来となったパラ港と、天然ゴムの歴史について少し勉強しておきましょう
ゴム(オランダ語:gom)は、元来、植物から採取される軟質・無定形のエストラマー(高分子物質)のこと(現在では、こうした天然ゴムとともに、非天然由来の合成ゴムもこれらに含まれますが)。ヨーロッパでは古代や中世から、アフリカ・ナイル地方の植物から採られるアカシア樹脂由来のアラビアゴムなどが知られ、さまざまなものに利用されていたそうです。
1493年、かのクリストファー・コロンブス氏がカリブ海の島で、著しく弾むゴムボールを目にして大いに驚き、それをヨーロッパに持ち帰ります。それは現地で生育する植物のラテックス(乳状の樹液)で作られたものでした。そして16世紀にスペインやポルトガルが中南米に進攻するにつれ、現地の天然ゴムがヨーロッパに運ばれ、次第に利用が進みました。1844年、アメリカの発明家チャールズ・グッドイヤー氏が自ら開発したゴム加硫法の特許を取得。これにより、各種ゴム製品の需要が急速に広がっていくのでした。
現在、こうした天然ゴムの生産量はマレーシア、タイ、インドネシアの3ヵ国が約70%を占めていますが、実は19世紀後半~20世紀前半までは南米アマゾン地方が主要な生産地でした。そしてそれらは当時、アマゾンの玄関口であるパラ(Para)の港からヨーロッパや北アメリカに向けて輸出され、同港を擁する街ベレン(Belém/現在のブラジル東北部パラ州の州都)は‟パラゴム”で大いに栄えていたのです。
自社製の高品質天然ラバーソールを使い、そうそうたる傑作モデルを創造し続ける真なる名門
パラブーツ(Paraboot)はフランス東部に位置する工業の街イゾー(Izeaux)に本社を置いていたリシャールポンヴェール(Richard-Pontvert)社のオリジナルブランドのひとつです。同社には他に、登山靴専門のガリビエ(Galibier/ガリビエール)、ワークシューズ専門のパラショック(Parachoc)といったプロ向けブランドもありますが、これらの特性も取り入れつつ、より一般向けのコレクションとして展開しているのがパラブーツとなります。ちなみに同社の歴史は、靴職人レミー・アレクシス・リチャード氏が1908年にイゾーに工房を開いたときに始まりました(会社設立は、その2年後となります)。当初は周辺企業の経営者や軍関係者、山岳労働者などを顧客にオーダーシューズを製作していたとのことです。
1926年、レミー氏は滞在先の米国で初めてラバーシューズを目の当たりにし、その原料がアマゾン産ラテックスであることを知ります。そこで翌年から、前述したパラ港から輸出されたラテックスを使ってラバーソールの生産をスタート。その自社製ソールを使った靴の生産も始めたのですが、実は、これがヨーロッパにおける史上初のラバーソールシューズだったのです。さらに同年、「Paraboot」の商標登録も取得するのですが、このブランド名がパラ港に由来していることは言うまでもないでしょう。
天然ラテックスから作られた同社のラバーソールは緩衝性と耐摩耗性に優れ、型崩れしにくいという特性があります。パラブーツではこの底材を使い、グッドイヤーウェルト製法(前述のチャールズ・グッドイヤー氏の息子、チャールズ・グッドイヤーJr.氏が1879年に発明した底付け法)やノルヴェイジャン製法(ステッチダウンとグッドイヤーウェルトの混合製法の一種で、古くから登山靴などに採用されてきた)などを駆使した堅牢な作りの靴が自慢。チロリアンシューズの「ミカエル(Michael)」、セミカジュアルUチップ「シャンボード(Chambord)」、ノルヴェイジャン製法ながらドレッシーなUチップ「ルーソー(Rousseu)」、デッキスリッポンの名品「バース(Barth)」、マウンテンブーツの「アヴォリアーズ(Avoriaz)」など、数々のそうそうたる傑作モデルを擁していることも、このブランドの存在の大きさを示すものとなっています。
エレンガンスと無骨さを併せ持つUチップダービー「シャンボード」。いくつかのモデル名を経て、1987年にこのモデル名が確定されており、以来、多少の変更はあるものの、今日まで高い人気を保持。とりわけ、日本にはファンが少なくない。アッパーの素材&カラーのバリエーションは多彩で、空気を溜めるフィンを裏側にもつソールと、内部がハニカム構造のヒールの2つのパーツから成る「パラテックスソール」を装備。製法はノルヴェイジャンとなる。
「さまざまなショップで販売され、雑誌で盛んに取り上げられて、次第にその真価が認知されるようになりました」 by WFG スタッフ
「1986年に、東京・神宮前の明治通り沿いにフランスブランド、クリークスのショップをオープンさせたのですが、その品揃えのひとつとして、翌年、同じくフランスにあるリシャールポンヴェール社のブランドであるパラブーツを輸入・販売することにしました。すると、次第にその良さが認められて、いろいろなセレクトショップでも取り扱われるようになり、男性誌でも頻繁に紹介されるなどして人気ブランドへと成長したんです。また、1994年9月にパラブーツ社を初訪問した際には、生産や品質管理などにおけるブランド力の裏付けと信頼性が確認できました。そして、このときの訪問が、2001年に株式会社ジー・エム・ティーが別法人として、パラブーツの輸入・販売を専業とする株式会社アール・ピー・ジェーを立ち上げる契機になったのです」
以上、執筆:雑誌ライター 山田純貴